ロクさんのアクティブライフのブログ

自然観察を通してのシニアの元気報告を575に託してお届けします。

自然観察を中心に、アクティブに活動している様を、
写真とコメントを交えて俳句にまとめています。
毎日発信でシニアの元気報告になっています。

木患子(モクゲンジ)

             3室に3粒の種のモクゲンジ


 京都植物園に行くと必ずと言っていいほど立ち寄るエリアがある。森のレストランの裏手にある一帯で、そこには大陸から伝わった歴史を彷彿させてくれる樹木の数々がある。公園などで普段観ることのない孔子ゆかりのカイノキなどの紅葉も観ることが出来る。
 変った姿の袋状の実が落ちていないか?と落葉を掻き分けて探すのを楽しみに訪ねる。仏教伝来の古くに大陸から渡って来ただろうモクゲンジの実である。紙風船の様な実の中に3粒の黒い種が入っている。この実が数珠に使われていたので、寺院などに多く植栽されているようだ。野生状態で生えているものもあるらしいが、本来の自生種とはみられていない。最近フアンになった高田 郁の「出世花」の主人公が使う珠珠にもモクゲンジの種が使われているのを知り、ますます身近な植物になった気がする。花の季節は真夏から初秋なので訪れていないが、機会を見つけて花も観察してみたい。
 昨日は地球環境「自然学」講座日で、大阪府立大学准教授の千葉 知世先生である。まだ若いお母さん先生だから声に張りがあり、我々シニアの受講生はアイドルでも見つめるようなまなざしで、いま世界の課題になっている「海洋ゴミ問題と私たちの未来」に惹きつけられた。地球温暖化と同じように大きなテーマだが、一人ひとりが行動を起こさないと前に進まない。道に落ちているペットボトルを回収出来るまでに意識が高まるか?それが問題だ‼
プラゴミを見付けたら「ここに留まっていてくれてラッキー!」と云えるまでになりたい。


「冬日和 落ち葉の下の 種さがし」

蔓蕎麦(ツルソバ)

             ツルソバの蕾・花・果実

               アキグミもたわわに


 自生状態ではお眼にかかったことの無いツルソバを府立京都植物園で観察することが出来る。この植物を教えて頂いたのが「赤とんぼ」さんである。図鑑で調べると暖地海岸に自生する多年草ということを知った。まさに彼女の出身地であり、子どもの頃、実を採ってよく食べていたとのこと。何でも口にしてみたいロクに、見付けた一粒を頂いたのがツルソバとの初出合いだった。
 今年は実がたわわに付き水面まで垂れ下がっている。遠慮なしに房ごと採取して口に放り込む。ほのかな甘みと種の感触を味合う。甘いでしょと言われるが、かすかに甘みがある程度なのだが、田舎の子どもたちにとっての楽しみになっていたのはうなずける。
 ソバの名前が付くぐらいだからタデ科植物と判断出来る。この仲間はミゾソバ、ママコノシリヌグイ、アキノウナギツカミなど茎に下向きの棘を持つものと、ツルソバ、タニソバ、イヌタデ、ヤナギタデなど棘の無いグループに分かれる。多分食用のソバにも棘はないのだろう。サークルメンバーに蕎麦打ちの名人がおられて、ときどき新蕎麦を届けて頂けるが、先日届けられたのは秋ソバだったのだろう。次の夏ソバまで待たねばならないなあ~、と厚かましく思っている食いしん坊ロクである。


「新蕎麦の 味を教えた 悪き友」

一刀両断に維新を切る!

         三日月と木星 金星も少し離れて輝いている


 日本国民救援会 箕面豊能支部の年次総会が開催された。特別講演として前衆議院議員の清水ただし氏をお招きして「維新政治とのたたかい方」と題して語って頂いた。
 野党共闘で政権交代を目指した先の選挙結果などにも触れられて、共闘失敗論のキャンペーンを張る一部識者の意図的な策謀にも、科学的な数値に基づいて論破されるなど、胸のすく話に参加者は溜飲を下げられた。テーマの「維新政治」ではその本質と、なぜ支持を広げられたのか?などを事実に基づいて熱く語って頂いた。
 2008年に橋下徹氏が公務員攻撃を武器として府知事に当選し、身を切る改革などとのキャッチフレーズで府民をだまし続けてきた。医療などの福祉を解体し、教育まで破壊し続けている。彼等が目指しているのは「一丁目一番地」としての「都構想」で、権力を一手に握り、官邸と手を組みカジノ誘致の見返りに、憲法改正まで突き進む事である。
 維新の戦術は独裁者ヒットラーの戦略をそのまま引用しているという話に、なるほどと納得させられた。マスメディアをフルに活用し、吉本新喜劇まで利害関係で抱き込んで、応援団にしている強かさである。金とマスメディアを持たない市民は、地道に一人一人に維新の本質を訴えるしか手がないし、結果的にはそれが一番の近道かもしれない。
 夜空の月と星が綺麗だ!政治の世界では紆余曲折があるが、一喜一憂せずに空けない夜はないとの信念で、心にともったともしびを燎原の火としたい。


「ぽっと火が 凍る夜空に ともしびの」

俳句教室・望年会下見

            ねんてん先生のミニ俳句講座

               どちらにすべきか?

            冬日和を予感させる今朝の空


 受講している講座では一番お気に入りの俳句教室である。兼題(宿題)のお題は「鍋」と自由句の2句を持っていかなければならない。何時も俳句らしきものを作っているつもりだが、朝の短時間で仕上げてブログアップしているだけだから、推敲も何もせずに出任せ次第の駄作ばかりである。せめて俳句教室には気の効いた五七五に纏めたいものだと思っている。ところが年末恒例の干支工作準備で時間がとられ、俳句の推敲まで手が回らない。
 バス減便のお陰で開講時間に間に合わない。生徒が先生よりも遅れて教室に入るなんて許されない。かと云って1時間も早く教室に行くにも制約がある。不本意ながら妻に駅まで車で送って貰うことにした。
 あたふたして駆けつけた俳句教室での評価は推して知るべしである。坪内稔典先生から、いまなお俳句界の第一人者とされている芭蕉の俳句についてのミニ講座があった。彼の功績は「五七五の言葉を絵にした」ことだと教えて頂く。正岡子規などが近代俳句の礎を築いて行くのだが、「言葉の絵」としては芭蕉を超えていないのだろう。
 せっかく天満橋まで出たついでに、サークルの望年会を予約しているお店に打ち合わせを兼ねて寄り道してきた。一駅先の京橋である。皆さんに満足して貰える料理かの確認もしておかなければならない。下見にかこつけて昼間から思わぬ散財になってしまった。


「望年会 下見にかこつけ 昼宴」

人さまざま

                3面3様の田んぼ

            葉をほとんど落としたマユミ


 昼ごろには宿泊牡丹鍋から帰宅できたのに、雨が降り続き散歩にも出かけられなかった。旬の写真にこだわり続けている僕としては、ブログ用画像が用意できない。人が楽しく宴会している写真を紹介するのも憚られる。パソコンでメール着信の返事を送ったりしながら、窓の外を眺めて、冷たい雨の風景を観る程度で、アクティブロクの名折れ的過ごし方である。たまには良いかと云い聞かせる。
 眼下に広がる田んぼにも個性が現れているのを観ることが出来る。3面3様である。一番田んぼに愛着を持っておられるところでは、いち早く有機肥料になる牛糞をすき込んで、冬場と云うのに青々と草類が芽を出している。片や畑として借りられているところでは、草刈りもままにならないようで、放棄された田んぼの様相を呈している。道路側の田んぼでは耕運機を入れて慣らしてあるが、除草剤など使われる田んぼだから、土からの暖かみが伝わってこない。厳しい農業経営の現実が横たわるがまさに人さまざまである。
 道の駅では生産者の名前が表示されているので、顔が見える安心感がある。安心安全な地元野菜を購入出来る小さな幸せに満足している。


「冬枯れの 田んぼで人の 顔読ます」