ロクさんのアクティブライフのブログ

自然観察を通してのシニアの元気報告を575に託してお届けします。

自然観察を中心に、アクティブに活動している様を、
写真とコメントを交えて俳句にまとめています。
毎日発信でシニアの元気報告になっています。

鮎のぼり

          ヒイロタケぐらいしか同定出来なかった


 長雨と夏場と緊急事態自粛と言うことで殆ど山歩きが出来ていなかった。しかし9月の声と聞くと体が何処かへ連れて行ってくれと要求する。妻の山例会も9月からは通常通りの催行となる。いきなりハイキングと言ってもシニアにはこたえる。足慣らしをしようということで近場の雨森山に行くことにした。
 このコースはアプローチに渓谷沿いを歩けるので、暑さを凌げるという利点がある。昨年辺りから鮎釣り師がたくさん訪れるようになってきた。そんな釣り師を見ながら上流部からダム湖方面を目指して歩くことになる。下流域にさしかかるとルアー釣りの若者の世界に一変する。変化に富んだ渓谷である。鮎とブラックバスの結界という地点に「鮎のぼり」が設置された。鯉のぼりの鮎版というべきものが、右岸から左岸にロープで垂され、ダムから遡上して来た天然鮎だと知らしめているようだ。一庫ダム湖は昭和の終わり頃に多目的ダムとして完成したが、副次的な効果として数十年経た現在、天然の鮎が遡上するようになり、鮎釣り師たちを招き入れるまでになってきた。
 雨森山は384mの低山で、比高も200m余りである。登山口の案内板には40分で登れることになっている。足慣らしということだったので1時間もかけての登りになってしまったが、キノコ観察など織り交ぜていたのを言い訳としておく。


「吊り橋に 負けずと泳ぐ 鮎のぼり」

狗尾草(エノコログサ)各種

            エノコログサと頭を垂れる稲穂

               アキノエノコログサ

                キンエノコロ

              ムラサキエノコログサ

                 今朝の稲穂


 イネ科のエノコログサが散歩道の土手に群生しているところがある。以前ビワの葉で作られたリースを頂いたことがあるが、エノコログサもリース材料になるらしい。エノコログサの別名をネコジャラシと呼んでいるが、そちらの方が馴染みがあるかもしれない。エノコロとは「犬ころ」を注し、その尾に似ていると言うことで名付けられた。因みに英名ではFoxtail grassと呼ばれ、狐の尾と見立てている。洋の東西を問わずその発想がよく似ているのが面白い。
 イネ科植物の花は余り目立たないので、被写体としても見向きされない。本家本元の稲も花は目立たず、穂が実って頭を垂れる頃に賞賛される有様である。その点、エノコログサやチカラシバなどの穂はイネ科の中では存在感がある。エノコログサがかって穀物だったアワの原型だったと言うことは余り知られていない。
 エノコログサには仲間がたくさんあり、それぞれに違った特徴を持っている。エノコログサとアワの交雑種と考えられているオオエノコログサは、アワを小型にしたような穂で直立している。太陽が当たれば金色に見えるキンエノコロや、ムラサキエノコログサも人目を惹く。アキノエノコログサは穂の重さに耐えられないのか、何時もうな垂れている。
 早生の稲は既に刈り入れを終えたところもある。窓から何時も眺めている稲穂も黄金色になってきたので、間もなく刈り入れされるらろう。新米と秋刀魚で早く秋を味わいたい。


「手のひらで もてあそばれし 猫じゃらし」

オニヤンマのモビール

          とりあえず3頭で作ったモビール試作品

               雨の中の雑草取り


 終日の雨予報である。そんな雨中の田んぼで雑草取りをしておられる。能勢地酒の秋鹿酒蔵さんの田んぼである。除草剤などの農薬を使わず酒米を作っておられる姿に、陰ながら応援したくなる。そんな頑張りを見せつけられると、ステイホーム中のロクも怠惰に過ごしておられない。思い描いていた工作でもするか。
 虫除けトンボとしてのオニヤンマを完成させたまでは既報である。その後、希望されたサークル仲間の幾人かには差し上げることも出来た。ところが長雨とコロナ自粛で、折角作ったオニヤンマの出番がない。まだ少し残っている。試行錯誤してきた試作品も廃棄するには忍びない。そこで有効活用として思いついたのが、トンボのモビールである。
 モビールを作って室内に吊せば、蚊や羽虫など近寄らない虫除け効果があるかも知れない。今度こそ特許物になるかも!と捕らぬ狸の皮算用的思考にニヤニヤしながら作業にとりかかる。モビールなど作ったことがないので、手持ちで材料が揃わない。むかしピアノ線を使ったことがあるが見当たらない。針金があったのでそれで代用する。今回も基本的には試作品づくりの域を出ない。ぶら下げる釣り糸は売るほど残っている。何とかバランスに工夫しながらも試作品が出来上がった。窓からの風で適度に舞ってくれる。果たして虫たちが退散してくれるだろうか?これからハチやカメムシが侵入してくる季節に近付くのだが。


「窓からの 風を便りに 舞う蜻蛉」

蔓穂(ツルボ)と藪蘭(ヤブラン)

          参内傘に似るツルボ

    花茎の根元に常緑の葉っぱを覗かせるヤブラン


 同じ季節に同じような花姿で咲くツルボとヤブランである。厳密に言えばヤブランの方が早く咲き始め花期も長いようである。花期の短いツルボといっときだけ出会うことになる。穂状の花姿がよく似ているので見間違う事もある。どちらも手持ちの図鑑ではユリ科となっているが、最近はキジカクシ科に再分類されている。見分け方で大きな違いは、どちらも多年草だが、ヤブランの方は常緑多年草だということを押さえておけば、先ず間違いなしに区別できるはずだ。
 さてそのツルボだが別名で「参内傘(さんだいがさ)」と言われている。花穂の下から順次咲き出すのだが、その花姿が宮中に参内するときに、お公家さんが使われる傘に似ているのが由来になっている。何とも奥ゆかしい名前であることか。秀吉の命で朝鮮半島に赴いた加藤清正が、中国の文献「救荒本草」を持ち帰ったとされているが、そこにツルボが記載されていたとのこと。それを参考に食用・薬用に利用したらしい。ツルボの名前の由来は不確かだが、球根の外皮を剥くとつるりとした坊主頭になるので、そこからツルボになったのではと考えられている。
 ツルボもヤブランも根茎が薬用として用いられているが、ツルボを食用として採取できるほど見かけないので、まだ試したことがない。基本的に野草の根を掘り出して食用とするのはキクイモぐらいだろうか。あとは面倒くささもあり、思いだけにとどめている。


「野辺歩き 白経て紫 秋の花」

言葉を奪われた!(回顧録)

              リハビリ用単語カード

               居酒屋バージョン

                草木バージョン

            ママコノシリヌグイ⇒茨の道


 オリンピック開催の是非については、国民の大多数が「今じゃないでしょう!」と声を上げたが、結果的にはその不安には目もくれず、ごり押しされてしまった。その間に政府は、アクセルとブレーキを同時に踏むというちぐはぐなメッセージを流し続けた。今のパラ五輪でもその姿勢は改善されていない。観客を入れないと言いながら、未来を担う大切な児童を動員して危険にさらしている。悪い結果を招かないことを祈るばかりだ。
 しかし、アスリートたちにとっては複雑な気持ちも残っただろうが、頑張りの集大成を発揮できた意義は大きかったと想像できる。特に病からの復帰を果たした池江璃花子の頑張りや、重度の障害を乗り越えて闘うパラ選手たちの生きる姿に、大きな感動を頂いた。
 コロナ禍で羽根を奪われて鬱屈としている極楽トンボのロクも、思い返せば大病経験者だったのだ。病気知らずの方より元気に飛び回っているが、山で意識が混濁してしまい、倒れてしまった経験の持ち主で、思いもしなかった脳梗塞の症状だった。救急車の手配もままならず消防指令車で病院に運ばれたと、意識が回復してから聞かされた。運ばれた病院が専門病院だったのと、処置が早かったので何とか運動機能障害は、軽度なもので収まってくれた。ただ言葉が出ない。自分の名前すら言えない。病気の治療と言葉のリハビリは、意識を取り戻したその日から始まった。
 懇切丁寧なリハビリ先生の助言もさることならが、病気を治す主治医は自分だと気付き、投げ出したくなる発声練習を、楽しく出来ないものかと単語カードを購入してきてもらい、そこに居酒屋で提供される料理の数々を書き込んでいった。旨いものが食べたいなあ~という一心で書き綴ったカードは100枚に達した。先生から「旨いものを食べてこられたのですね」と言われたこともあった。他に植物の名前を思い出しながら「草木バージョン」も作り併用した。今でも時々言葉に詰まってしまうが、フランス語までは求められていないから、会話には事欠かないまでに回復した。とんだ回顧録になってしまったね。


「雨の朝 何故かベールの 法師蝉」