6san-activelifeのブログ

自然観察を中心に、アクティブに活動している様を、
写真とコメントを交えて俳句にまとめています。
毎日発信でシニアの元気報告になっています。

注連縄作り

                長老からの説明

                  見本

                子どもの作品


 地元小学校で行われる注連縄作りに初めてお手伝いで参加して来た。この行事は毎年行われているもので、同じ区に済んでおられる長老的存在のNさんが、5年生を対象に続けて来られた伝統授業である。今回は2クラス72名の児童が対象だ。午後からの2時限90分で注連縄を作らなければならない。お手伝いのボランティアが10人ほど来られたので、8つの島に分かれて作業が始まる。ロクの担当は8人である。注連縄は簡単な牛蒡作りで一本の縄を綯うだけだが、それが子どもたちには出来ない。器用な子もいてちゃんと言われた通りに綯っている。全員にまで目が回らないので、そのK君を助手に引っ張り込んで、出来ていない仲間の縄綯いを手伝って貰った。
 能勢に伝わる伝統文化を継承して貰うための注連縄作りなど、大阪北部の農村地帯にある学校だから出来る貴重な体験授業である。年明けには1年生対象の昔遊びの授業もある。そこでのロクはコマ回しを毎年担当している。子どもたちの「あっ、ロクさんや~」の声が聞きたくてお手伝いを続けている。


「児らたちと 迎春準備 ちと早し」

十三

          賑わいを取り戻した「しょんべん横丁」

             3日続きの寒波「今朝の能勢」


 久し振りに会社のOBたちとの夜の忘年会に参加した。会場は「がんこ総本店」である。「がんこ」はもともと寿司屋だった。過っての寿司屋と言うのは時価が当り前で、財布にたっぷりのお札が入っていないと行けない所だった。安サラリーマンだった僕たちには手の届かないところで、ボーナスを手にした時ぐらいしか行くこともなかった。ところが「がんこ寿司店」は時価を撤廃して、大衆向きに廉価の定価格で提供するという画期的な戦略を取り、サラリーマンや若者たちを捉えた。寿司と言えば十三の「がんこ」へと言うのが若者たちの常識になった。他の寿司店から今に潰れると冷ややかに見られていたが、創業者の小嶋淳司は頑固に大衆料金制度を貫いた。その意気込みから店の名前も「がんこ」だし、ロゴに使われている絵も創業者28歳の時の似顔絵らしい。今は寿司と云えば回転寿司になっている。これも時代の流れである。
 がんこ総本店辺りは風俗の店が立ち並び、過っての賑わいをなくしてしまっている。馴染みのお店も客足が遠のき絶たんでしまわれた。風俗・パチンコ・カジノなどが立ち並ぶとやがてゴーストタウン化してしまう。数年前に十三駅前が火事になり元通りになって欲しいと期待されていたが、ほぼ現状維持状態で復興がなされ、勤め帰りの「ちょっと一杯」が甦っている。庶民の街十三には足繁く通いたい。


「何ぼでも 飲める寒さの 忘年会」

青木さん

            ノンアルコールでふ・ふ・ふ

          記念文集「雫一滴」表紙はロクの仕事


 日本国民救援会と言う元祖ボランティア組織と言うべき地域支部の総会に参加して来た。箕面豊能支部は今年で結成10周年を迎えた。結成当時から縁の下のお手伝いをしている。全国組織は間もなく90周年を迎え、権力が仕組んだ松川事件を始め謀略事件などの支援で数々の勝利に貢献し、日本の近代史にも大きな役割を果たしてきた。最近では冤罪事件での支援などで注目を浴びている。取り調べの可視化なども弁護士や有識者などと連携しながら取り組まれている。
 昨年の8月10日に再審無罪を勝ち取った東住吉えん罪事件の元被告青木恵子さんをゲストに迎え、冤罪が作られた取り調べの様子を生々しく聞かせてもらい、日本の警察権力の体質を思い知らされた。21年間の獄中生活から解放されて、休む間もなく国家賠償裁判に取り組まれている。何としても権力に謝らせたいが、日本の役人は決して謝らないという体質を持っている。知らぬ存ぜぬが権力者の常とう手段である。
 近々NHKスペシャルで放映されるので是非ともご覧になって欲しい。


<昨年アップした内容を参考までにご覧下さい!>
東住吉えん罪事件元被告朴さん親子
 日本国民救援会と云う全国組織の地域支部で総会があり、今年8月10日に無罪判決を勝ち取った、東住吉えん罪事件の当事者朴さんとお母さんが支援のお礼に来られ、じかに話を聞くことが出来た。もう一方の当事者青木さんはテレビでもお馴染みになったが、朴さんの事はあまり報道されなかった。
 お母さんからは支援のお礼と喜びが語られ、朴さんからはウソの自白を強いられ、それに屈してしまった自分の弱さ、苦しみが切々と語られ、参加者の心を打った。彼の話で印象に残ったのは“ウソの自白は、心の自殺”と云う言葉だった。獄中では模範的受刑者として刑務官にも信頼されていた話なども披露され、人核形成にとって意義深い獄中生活だったと、肯定的に捉えている姿にも驚きを禁じえなかった。良い話だった。


「一時の 笑顔もこぼれ 年の瀬に」