ロクさんのアクティブライフのブログ

自然観察を通してのシニアの元気報告を575に託してお届けします。

自然観察を中心に、アクティブに活動している様を、
写真とコメントを交えて俳句にまとめています。
毎日発信でシニアの元気報告になっています。

星の瞳(オオイヌノフグリ)

          オオイヌノフグリに混じってハコベも

         カルちゃんが小さな溜め池に採餌に訪れている


 1月頃から「星の瞳(オオイヌノフグリ)」の小さな株を見かけるようになっていたが、やはり宝石箱をひっくり返したように、コバルトブルーが散らばって咲いてくれるのを今か今かと待っていた。陽射しのある日中でこそ愉しめる春の使者でもある。
 オオイヌノフグリは明治初年にヨーロッパから渡来してきて、見る間に日本の国土に根付き帰化植物になった。その所為かどうかは判らないが、日本固有種のイヌフグリにはとんとお目にかかれなくなってしまった。もともと名前の由来は在来のイヌフグリに付けられたものである。それの少し大型ということでオオイヌノフグリと呼ぶようになった。花の色もイヌフグリはピンク系だが、オオイヌノフグリはブルー系でタチイヌノフグリに近い。
 可憐な花なのに名前が可哀想だと「星の瞳」とか「瑠璃唐草」「天人唐草」とかの別名を与えられている。タイトルに「星の瞳」を使ってみたが、どうもすっきりしない。あまりにもロマンチックすぎて植物名には適さない気がする。子どもたちに説明する時にはフグリの方が惹き付けやすい。植物名の命名者は著名な植物学者で、殆どが男性だったのでデリカシーに欠ける名前を付けられた。
 オオイヌノフグリは春まだ早くから咲き出すので、花粉を運んでくれる虫たちもあまりいない。花は3日間ほど閉じたり開いたりを繰り返すが、受粉できなかった花は最後の保険として、自家受粉するという戦略で子孫を残すようにしている。両手を挙げたような雄しべが、雌しべの頭に垂れ下がり3日間の命を終える。


「児らたちに 比べられたり 犬ふぐり」

借り物・買い物

      取り寄せて貰ったねんてん先生の「文学のある日々」壱・弐

           藤沢初期作品

         服部先生の著書と編著

        素人では捌けないエビスダイ(ヨロイダイ)をゲット


 箕面から能勢に引っ越しする時に殆どの本を処分した。図鑑や全集などを車に積み込んでリユースのお店に持ち込んだのを思い出す。処分費こそ取られなかったが、お店で見付けた植物の古本代金にも満たない端金で引き取られ、いまでも惜しいことをしたと悔やんでいる。それ以来、本は買わずに借りるというスタイルが定着していた。ところが能勢には図書館がなく、規模の小さな図書室しかない。書棚を探しても読みたい本が見つからない。せめて芥川賞と直木賞受賞作ぐらいはストックしておいて欲しいのだが。一時読みあさった開高健や大江健三郎などは過去の人とばかりに姿を消してしまった。
 時代小説なども好きなので池波作品にも親しんだ。映画で「武士の一分」や「たそがれ精兵」が脚光を浴びたので、藤波作品にも親しみを覚えて、今では好きな作家の仲間入りをしている。書棚で未刊行の初期短編集を見付けたので借りだして読んでいる。
 まだ読み終わっていないのに予約しておいた坪内稔典さんの本が届いた。エッセイ集で「文学のある日々」と続編の「屋根の上のことばたち」である。ねんてん先生は俳句教室でお世話になっているので、本来なら購入したいところだが、読んでみてから蔵書に加えるかの判断をすることにした。毎月一度新聞に掲載されるのを拝見していたので、纏めて読んでみたいと思った。以上が最近の借り物ばなし。
 地球環境「自然学」講座の講師の本などを薦められたりする。そちらは図書室では調達できない類いなので、どうしても購入することになる。大学の名誉教授クラスの方々のご本なので高価だし、肩が凝りそうな内容である。自然保護活動に携わる者としては、バイブル的な意味合いを持つと納得させて財布の紐を緩めることになる。と言う買い物ばなし。


「眠たいと 脳が渇望 春霞」

淀の河津桜

               淀城の沿革を勉強中

         人通りも疎らで安心して雨の花見を愉しめた


 トンボのメガネ例会で淀水路のカワヅザクラを訪ねたのは確か3年前の3月初めだった。その時は下見も本番時でも少し早過ぎて、皆さんに「凄い!」と言ってもらえなかった事を思い出す。こんな素晴らしい処があるよ、との情報提供になったぐらいだった。
 今年はことのほかの大寒波も押し寄せたが、相対的には暖冬だったので「河津桜が咲いているよ!」と地元から安心情報が寄せられた。年間計画で予定を組んでいるので、毎年変わる開花時期に合わないことが度々ある。でも今回は最高の状態で咲き誇っていた。
 皆さんに案内を出したのはまだ緊急事態宣言発令中だったので、大事を取って「お散歩観察会」としての呼びかけにしていた。天気予報でも終日の雨と言うことで、あまり来られないだろうと予想していたが、京阪「淀」駅には初参加だという人も含めて16人もの方が集まった。かえって雨だから傘を差しながらソーシャルディスタンスも保てるし、人出も少ないのが思わぬ幸運をもたらせてくれた。
 南伊豆河津から譲り受けた原木2本をもとに、ボランティアさんたちの協力で子孫を250本まで増やし、京阪地域の河津桜の新名所にされた。カワヅザクラはオオシマザクラとカンヒザクラの自然交雑種で「正月桜」とも言われ、淀に移植された原木桜は12月2日に一輪咲き、年末にはいち早く咲き出したようである。昨日原木を確認すると殆ど咲き終わり、残骸だけが残っていた。その兄弟桜がいま見頃を迎えているというわけである。植栽されている桜は真っ盛りというものあるが、まだ蕾だというものまであり、クローンで増やすソメイヨシノとは違った野生種の雰囲気まで漂わせている。


「雨の日の 早咲き桜に 声も出ず」

学校支援活動

          子どもたちの作品

           ちゅん太とちゅん子の「竹のふしぎ」

                 竹の輪切り


 一昨日アップしたバンブーアートの提供日で、3年生以上の上級生16人が放課後に残ってくれた。手順説明だけで済ませられるから比較的楽な工作提供であるが、見本を配ったり、材料をトレイに分けて配ったりなどの雑用も多いので、サークル「メダカの学校」の仲間にお願いして手伝って貰った。
 5つの島に分れて作るので、見本も各島に数点ずつ配っておいた。ところがさすが上級生だけあって、見本に頼らずに、それぞれが思い思いのアート作りに取り組んでいる。やはりブームになっている鬼滅の刃を作りたいらしい。工夫した跡が読み取れるが難しかったようである。何を作ったのか質問しなければ判らないものもあった。
 約2時間の時間配分だったが、早く終われば紙芝居をしてやると尻を叩いた。バンブーアートにちなんで「竹のふしぎ」という手作り紙芝居である。ロクが読むより若い女性の方が良いと思い、教育委員会から来ている若手に頼んだ。子どもたちも参加できる双方向の紙芝居形式にしているので、楽しんでもらえたようだ。何よりも読み手の女性が知らないことばかりだったようで、勉強になりましたと言われて恐縮してしまった。


「竹の子に 負けぬ子どもの 伸び盛り」

夢物語

        アサギマダラと羽化直後のジャコウアゲハ(参考画像)

               借りられる畑と法面

                桃の節句ご馳走


 住民が毎月減少している現実を目にして、日本一の里山を限界集落にしてはならないと嘆いてる。本来なら行政が将来展望を示すべきなのだが、世界の流れまで読みとれず、目先の経済効率だけが施政の判断基準になっている。その結果4月からはバス便が大幅に減便される。通勤・通学がますます不便になり、都会への転居を求めて町を離れていく。高齢者も病院に行く足が奪われる。まさに死活問題である。手をこまねいて傍観しておられない。何か自分で出来ることはないだろうか?そこで思いついたのが、能勢を売り出す手立てとして「蝶の舞う能勢づくり」構想である。これなら少しは貢献出来ることだろう。
 昨年も実験的に我が家の猫の額花壇と法面にフジバカマを植えて、アサギマダラが旅の途中で寄り道してくれるのを待った。うまく根付かなかったので花を咲かせるまでに至らなかった。同じくウマノスズクサも植えて、ジャコウアゲハの幼虫がサナギになり、数頭が羽化してくれた。今年は里帰りしてくれるかも知れない。
 先日、地域の自然派活動家の協力を仰ぎ、フジバカマを植えられる場所を案内して頂いた。種と苗が確保できれば、直ぐにでもフジバカマ畑が出来る段取りまで漕ぎ着けた。三草山の麓で都会から来られるハイカーが、立ち寄ってくれる場所になれば、能勢に住んでみたいなぁ~と思って頂けるかも知れない。“風が吹けば桶屋が儲かる” 程度の夢物語だが。
 桃の節句と言うので手まり寿司を買ってきてくれた。たまにはショートケーキも食べたいと、辛党の妻が買ってきたのでお相伴にあずかる。知人からはちらし寿司を作ったからと届けられた。アルコール断ちしているロクが甘党に転向する羽目になろうとは。


「雛の日に 蝶々を飛ばす 夢話」