ロクさんのアクティブライフのブログ

自然観察を通してのシニアの元気報告を575に託してお届けします。

自然観察を中心に、アクティブに活動している様を、
写真とコメントを交えて俳句にまとめています。
毎日発信でシニアの元気報告になっています。

学校支援活動

          子どもたちの作品

           ちゅん太とちゅん子の「竹のふしぎ」

                 竹の輪切り


 一昨日アップしたバンブーアートの提供日で、3年生以上の上級生16人が放課後に残ってくれた。手順説明だけで済ませられるから比較的楽な工作提供であるが、見本を配ったり、材料をトレイに分けて配ったりなどの雑用も多いので、サークル「メダカの学校」の仲間にお願いして手伝って貰った。
 5つの島に分れて作るので、見本も各島に数点ずつ配っておいた。ところがさすが上級生だけあって、見本に頼らずに、それぞれが思い思いのアート作りに取り組んでいる。やはりブームになっている鬼滅の刃を作りたいらしい。工夫した跡が読み取れるが難しかったようである。何を作ったのか質問しなければ判らないものもあった。
 約2時間の時間配分だったが、早く終われば紙芝居をしてやると尻を叩いた。バンブーアートにちなんで「竹のふしぎ」という手作り紙芝居である。ロクが読むより若い女性の方が良いと思い、教育委員会から来ている若手に頼んだ。子どもたちも参加できる双方向の紙芝居形式にしているので、楽しんでもらえたようだ。何よりも読み手の女性が知らないことばかりだったようで、勉強になりましたと言われて恐縮してしまった。


「竹の子に 負けぬ子どもの 伸び盛り」

夢物語

        アサギマダラと羽化直後のジャコウアゲハ(参考画像)

               借りられる畑と法面

                桃の節句ご馳走


 住民が毎月減少している現実を目にして、日本一の里山を限界集落にしてはならないと嘆いてる。本来なら行政が将来展望を示すべきなのだが、世界の流れまで読みとれず、目先の経済効率だけが施政の判断基準になっている。その結果4月からはバス便が大幅に減便される。通勤・通学がますます不便になり、都会への転居を求めて町を離れていく。高齢者も病院に行く足が奪われる。まさに死活問題である。手をこまねいて傍観しておられない。何か自分で出来ることはないだろうか?そこで思いついたのが、能勢を売り出す手立てとして「蝶の舞う能勢づくり」構想である。これなら少しは貢献出来ることだろう。
 昨年も実験的に我が家の猫の額花壇と法面にフジバカマを植えて、アサギマダラが旅の途中で寄り道してくれるのを待った。うまく根付かなかったので花を咲かせるまでに至らなかった。同じくウマノスズクサも植えて、ジャコウアゲハの幼虫がサナギになり、数頭が羽化してくれた。今年は里帰りしてくれるかも知れない。
 先日、地域の自然派活動家の協力を仰ぎ、フジバカマを植えられる場所を案内して頂いた。種と苗が確保できれば、直ぐにでもフジバカマ畑が出来る段取りまで漕ぎ着けた。三草山の麓で都会から来られるハイカーが、立ち寄ってくれる場所になれば、能勢に住んでみたいなぁ~と思って頂けるかも知れない。“風が吹けば桶屋が儲かる” 程度の夢物語だが。
 桃の節句と言うので手まり寿司を買ってきてくれた。たまにはショートケーキも食べたいと、辛党の妻が買ってきたのでお相伴にあずかる。知人からはちらし寿司を作ったからと届けられた。アルコール断ちしているロクが甘党に転向する羽目になろうとは。


「雛の日に 蝶々を飛ばす 夢話」

バンブーアート

             バンブーアート見本の数々

                工作材料準備


 8ヶ月間も小学校からのお座敷が掛からなかった。と言うのも、コロナ第1波当初は手探り状態だったので全国一斉に学校も休校にしてしまった。次第に知見も蓄積してきたので、各種対策を取りながら開校する運びになった。短い夏休みを終えて、秋頃から徐々に通常の学校運営に戻りつつある。それに併せて学校支援ボランティアを受け入れるようになってきた。ロクも登山遠足の案内役、しめ縄作り、花いっぱい運動のお手伝い、昔あそびの伝承などにも参加して、子どもたちの笑顔に触れる機会がやっと訪れた。
 年度末が近付いた今月はアフタースクールでの工作提供を教育委員会から依頼されている。上級生と下級生に分けての提供になるが、出来るだけ濃厚接触を避けたい思いから、子どもたちが自由に作れるバンブーアートを提供することにした。これだと手取り足取りの工作ではないし、個性と創造性が発揮できる工作だと自画自賛している。
 バンブーアートを思いついたのはシニア自然大学校の研究科で工作を楽しんでいた時である。小学校への出前教室で提供したり、公民館工作教室で取り組んだりしてきた。竹の輪切りを台紙に貼り付けて、個性豊かな壁掛け用のアート作品に仕上げると言う内容だ。今までの経験からでも、思いも付かないような作品の数々が誕生した。提供者のロクが子どもたちに学ぶという側面も併せ持つ工作でもある。明日に向けての準備が忙しい。


「何よりも 子どもの笑顔に 春夢想」

菜の花

             早春の使者:菜の花と蕗の薹


 「菜の花」を広義に取ればアブラナ科の野菜全般の花を指し、道の駅などに並ぶのが野菜の花や蕾である。一方狭義に解釈する「菜の花」と言えば、なたね油の原料になるアブラナのことで、中国原産で朝鮮半島を経由して渡来してきた。1100年以上も前から搾油されてきたが、灯火用に用いられ出したのは室町時代に入ってからのこと。所属するサークル「ひとくらクラブ」では毎年ツバキ油搾りを恒例行事にしているが、油の専門家がおられるのでその辺のレクチャーは受けている。シソ科のエゴマから採れる荏油(えあぶら)は、なたね油以前の油搾り材料だったらしい。最近ではエゴマ油が体に良いと見直され、高値で売られている。明治以降にヨーロッパから入ってくるようになったセイヨウアブラナがなたね油の主流になっている。
 アブラナも一般的に流通する「菜の花」も蕾の頃の若い葉や茎は食用になり、早春の、花の蕾おひたしなどの和え物は、春が来たよと舌から伝えてくれる。先日アップした蕗の薹がさっそく地元の知人から届けられた。まだ奔りなので、とりあえずは春を先取りしたいと卓上天ぷらで頂いた。初恋のようなほろ苦さが何とも言えない。


「舌と目で 愛でる早春 田舎道」

摂津大峰・行者山

                毛抜岩と毛抜塔

             難所続き

                 洞の不動

          役行者自彫りと伝えられている爪刻行者

            理源大師座像

                 大日如来像

                   本堂

             ミクロ岩を小枝で支えている


 何度も訪れた「行者山」は剣尾山登山ルートの通過点でしかなかった。磨崖仏など横目に見ながら、昔は修験の山だったのだろうぐらいの感覚だった。
 ところが妻が「歴女の会」で行者山の修験道を案内したいという。安易な気持ちで下見に付き合ったが、とんでもない難所続きの悪路が続く。靴こそローカットの山靴を履いていったが、ストックも持って行かなかった。身体を預けても大丈夫かな?と思えるロープに助けられながら、よじ登らなければならない箇所もある。でもスリル満点の面白い場所だった。昨年末に能勢町の教育委員会が立派な資料を作ってくれたのが、どうやら妻の好奇心をくすぐったのだろう。お節介ロクは周回ルート作りのために度々訪れることになりそうだ。
 役行者が道場開設の草創者とされ、平安時代には、醍醐寺を開いた理源大師も行場復興に尽くしたと伝えられ、どちらも岩に磨崖仏として刻まれている。そこまで辿り着いて、行場を巡ってきた満足感を味わえる。行者山麓に位置する玉泉寺の宝雲上人らによって岩窟に本堂が建立され、岩面に洞の不動や弁財天女を刻んだとされている。今も使われているか不明だが、玉泉寺にはユースホステルがあることでも知られている。日本の山歩きの興りが修行から始まったというのがよく理解できる。


「生臭も 2月の締めに 身を清め」