ロクさんのアクティブライフのブログ

自然観察を通してのシニアの元気報告を575に託してお届けします。

自然観察を中心に、アクティブに活動している様を、
写真とコメントを交えて俳句にまとめています。
毎日発信でシニアの元気報告になっています。

待ち人来たらず

ロク

         シークワーサーシロップ作り

             渋皮煮とリンゴのコンポート

             ツマグロヒョウモン♂と♀

                 秋茗荷も収穫


 駅の伝言板を見ながら誰かを待っていると言う青春時代の苦くて甘い話ではない。日がな一日、郵便配達がいつ来てくれるのかな?と待っていただけの話である。

 予定がなければ、妻が案内する2木山の会で計画している堂床山に付き合うつもりだった。7月から9月にかけての猛暑と長雨でほとんどハイキングらしい歩きが出来ていない。季節が良くなってきたので、脚の筋力をつけておきたいと思っていた。

 郵便配達で思い出すのは心を揺すぶられた中国映画の『山の郵便配達』である。たぶんご存知の方も多いと思うが、長年にわたって山岳地域に郵便を送り届けてきた父親が、足を痛めて引退を余儀なくされる。後を息子に託したいと一緒に最後の配達をすると言うストーリで構成されている。父の相棒である犬も登場する。原題では那山・那人・那狗(あの山・あの人・あの犬)になっている。1999年に中国で公開され、日本では2001年に配給された。劇場で観る機会はなかったが、テレビ放映を観て感動したのを思い出す。機会があれば再度劇場で観てみたい名作である。

 来ない郵便配達を待っていたら、親しい農家の方から大粒の銀寄栗が届けられた。これは渋皮煮とばかりに作業にかかる。山から帰宅した妻も、嬉しい仕事を持ち込んだ。姫リンゴや出荷できないリンゴなどである。夜なべ仕事で渋皮煮とリンゴのコンポートを作った。前日にはシークワーサーのシロップ作りにチャレンジした。


「待ち人が 来ない時間も 秋の味」

受難の小鹿と石見川(イシミカワ)

ロク

             逃がしてやろうとしたのに

              絡みついたイシミカワ

                 棕櫚バッタ


 学校は先週土曜日から昨日まで短い秋休みに入っていた。たかが5日間ほどだったが、365連休のロクにとっては僕用のシルバーウイークを与えられた気持ちになる。その間、コーラス練習が入っていただけで、特段の課題や仕事があるわけではないフリー曜日が続いた。天気も申し分ない散歩日和を与えてくれた。

 犬を散歩させている顔馴染みの方が、網に絡まった鹿がすぐ側にいると教えてくれた。どうやら小鹿らしい。役場には連絡したとのことだった。駆けつけてみると片足が鹿よけ防護網に絡まっている。何とか外してやれそうだ。小鹿に「助けてやるから、大人しくしなさい!」と優しく声をかけるが、相手は興奮し動き回るので、足から網を外せない。仕方なく間もなくやってくる役場の担当者に任せることにして立ち去った。殺処分されなければいいのだが。

 アクシデントの後、コースを変えて歩くと、こちらも鹿よけ防護網に絡みついたイシミカワの大きな株を見つける幸運に巡り合えた。イシミカワはタデ科イヌタデ属のツル性一年草である。茎に下向きの棘がある。葉はウシノヒタイという別名を持つように、ミゾソバ、アキノウナギツカミ、ママコノシリヌグイなどの仲間である。特異なのは皿状の托葉を持ち、その上に青紫色の果実を載せている。

 今日から朝立ち再開なので、子どもたちに棕櫚の葉でバッタを編んでやった。かなり前に約束していたバッタである。


「お月見が やってきたよな 石見川」

金木犀に誘われて 秋満載

ロク

                金木犀と秋明菊

                   秋桜

             アキアカネとノシメトンボ


 久し振りの陽光に誘われて散歩に出てみた。

 恒例になっている年末年始の訪問先の宿を先に押さえてあったが、航空便が取れていない。以前にマイレージ登録していたはずだから、それで簡単に手配できると思っていた。カードホルダーから探しだしたカードを確認するとJALマイレージカードだった。利用したいのはANAである。旅行社の窓口に行けば簡単に手配してくれると言うが、能勢にはそんな処がないのでネットに頼るしかない。苦心しながら何とか往復航空券の予約が取れた。財布には間に合わせる料金がなかったので、急遽引き出しに走ってもらう。そんな雑用に振り回されたので、散歩に出かける時間が遅れてしまった。

 9月27日に能勢の天王地域でクマの目撃情報が届いたので、散歩コースも吟味しなければならない。栗林もクマのターゲットになるかもしれないが、ビビッてばかりでは前に進めない。もし鉢合わせしたら?が頭をよぎるが、十分人生を楽しんできたので、なるようになれとケセラセラ気分で飛び出した。

 散歩コースには住まいされていないだろう立派な佇まいの屋敷がある。そこのお庭にはシュウメイギクが風で踊っている。たくさんの庭木に交じってキンモクセイが香りを振り撒いていた。敷地に足を踏み入れるのはご法度だが、誰も観てくれない金木犀が最盛期なので、少しだけお邪魔して間近で香を楽しませて頂いた。

 キンモクセイは中国原産とされているが、九州に自生するウスギモクセイから育成されたという見解もあると、マイ図鑑では紹介されている。何れにしても日本には雄株しかないと言う。かなり前に花を集めて金木犀酒を造ったことを思い出す。


「この庭の 家主は何処 金木犀」

もしもピアノがあったなら~🎼

ロク

             三声に別れてのパート練習

                ハリガネムシ3体

                  渋柿3様


 月2回のコーラス練習日だったが、いつもの練習会場が押さえられなかったようで、苦肉の策として別会場のホールを手配された。そこは多目的ホールとして小規模の映画会や講演会などのために一般に使われている。ところがそこのホールにはピアノがない。

 通常の練習会場にはグランドピアノが常備されている。指揮で指導を受けているのは、オーケストラのオーボエ奏者だった方で、伴奏はソロ活動をされているピアノ奏者というお二方ともプロの先生である。そんな先生に持ち込んだキーボードピアノでの練習となった。

 娘がピアノを習っていたが、結婚を機にピアノまで持ち出せないと不用品になった。しばらくは置いてあったので、時間のある時にでも練習してみようかという思いもあったが、施設がピアノを探しておられたので気前よく寄付してしまった経緯がある。ずっと置いておけば、今よりは音痴も解消されている筈だったのに。

 さて、何もないホールにキーボードピアノ2台とギターを持ち込んで、指導者が来られるまでに三声に別れてパート練習を始めた。今年5月にジョイントコンサートをしたばかりだが、来年の同時期に少しバージョンアップしたコンサートの構想が進んでいる。月2回の練習だけでは追いつかないと、自主練習を始めたと言う訳である。音痴なロクは如何にピアノに助けられているかを、嫌というほど知らされた。ピアノ様様である。

 昨日、雨模様の帰り道、通学路でハリガネムシ3体を見つけた。カマキリとハリガネムシの関係は以前のブログで紹介済みである。何故、川とか池にカマキリを誘導する前に、道路でカマキリの体内から抜け出すのか?それも解明されてきた。緑に塗られた通学路などは光の反射で、どうやら水面と勘違いするらしい。ハリガネムシは寄生虫と思われているが、れっきとした水生生物である。自然って面白いね。


「生きている 秋の三様 それぞれに」

探し出した新聞の切り抜き🔍

ロク

            4半世紀ぶりに探し出した切り抜き

          最近はあまり見かけなくなったタカサブロウ

            タマゴタケは卵スープに合う

             白茄子のステーキと渋皮煮

               渋皮煮づくりと鶏肝煮


 僕と同じようなブロガーさんがいらっしゃるのを知って嬉しくなった。たぶん僕よりもお若い方と推定できる。山好きで山行記録などを度々ブログで紹介しておられる。好奇心旺盛な方でキノコにも興味をお持ちで、タマゴタケを持ち帰り食されるというのも一緒である。さらに驚くのは図書館で本を借りるスタイルまで同じで、2週間の返却期間に2冊の本を借りられるのまでそっくりである。偶然と言えばそれまでだが、より親しみを感じてしまう。

 さて前置きが長くなってしまったが、先日宮本輝の『朝の歓び』上下を借りて帰ったのは紹介済みである。芥川賞に輝いた『蛍川』をはじめ初期の本や、自伝小説『流転の海』などを含めてかなりの作品に接してきた。『錦繍』ではその影響を受けて、北海道の山旅紀行を女性に送る手紙風に真似して書いたこともある。

 改めて彼の本を読み返すと、僕の経験してきた人間愛の数々にダブったり、訪ね歩いた海外を思い出させてくれる。今回の『朝の歓び』にはイタリアが訪問先として登場する。まだ借りて2~3日しか経っていないので全容は判らないが、イタリアで訪ねた数々の訪問地が出てくる。イタリアはスイスに次ぐ訪問回数である。というものイタリアの留学生を預かっていたからである。彼女が結婚したのち、相方の出身地ダビンチ村まで訪れた時の記憶が鮮明に残っている。辺鄙な村人は日本人など見たことがないので、家で収穫した野菜や果物まで持ち込んで我々二人を歓待してくれた。

 ふと、アイルランドの留学生を預かり、我が家で1年間過ごしたことを思い出した。その彼女が妻のふるさとで小泉八雲関係の研究をしている時に、毎日新聞にホームステイ先が紹介された新聞記事を思い出した。30年以上も前の新聞記事を探し出すのにどれほどの時間を費やしたことか。数年前にNHKのテレビ取材と、朝日新聞の取材を受けた時に、宿の女将さんがその新聞を渡してくれた。その切り抜きすらも探し出せないロクである。


「蘇る 四半期の 夢うつつ」